外観では分からないカラム異常:トランジション解析で進むクロマトグラフィーの品質管理

目次

1. はじめに

バイオ医薬品の精製工程では、クロマトグラフィーカラムが分離性能を左右します。問題は、カラムの内部状態(充填の乱れ、クラック、流路の偏り、詰まりなど)が変化しても、外観や装置の表示だけでは異常に気づきにくい点です。異常を早い段階で検出できないと、製造バッチの品質リスクが大きくなります。

近年注目されているのが、工程内で自然に発生する「バッファの切り替え波形」を利用して、カラム状態を定量的に評価する方法です。本記事では、その考え方(トランジション解析)と、関連特許の技術トレンド、実運用に落とし込む際のポイントを整理します。

2. トランジション解析でわかる「カラムの状態」

2-1. トランジション解析とは何か

クロマトグラフィー工程では、平衡化、洗浄、溶出、再生などのステップで、流す液(バッファ)が切り替わります。切り替わりに応じて、出口で観測する導電率やUV吸光度などの信号が変化します。この「切り替え区間の信号変化」を解析し、カラム状態の変化を捉えるのがトランジション解析です。

2-2. 波形を数値にする理由(HETP、非対称、変化の幅)

波形をそのまま目で見て判断すると、担当者や状況によって評価がぶれます。そこで、波形を平滑化・正規化したうえで、切り替えの幅、左右の非対称、変曲点の出方などを数値化します。

また、理想的な波形形状だけを前提にすると、現場データ(ノイズや歪みを含む)に対応しづらいことがあります。そのため、非ガウス型のモデル当てはめや、歪みを含めた評価指標を使って、現実のデータでも安定して比較できるようにする設計が検討されています。 

2-3. 単発判定より「継続監視」が重要

トランジション解析の効果が大きいのは、単発の合否判定だけでなく、同じ条件で得られる指標を継続的に記録し、変化傾向を監視できる点です。管理図(I-MR-Rなど)や履歴比較に接続することで、性能の悪化を早期に検出し、再充填・点検・条件見直しなどの判断につなげられます。 

3. 特許から見る技術革新

3-1. US20190321752A1 ── ガンマ分布を使ったトランジション評価(GDTA)

この特許は、トランジション波形をガンマ分布の累積分布関数で表現し、そこからHETPなどの指標を算出する考え方を示します。波形が左右非対称になったり、理想形から外れたりするケースでも、モデル当てはめを使うことで比較しやすい形に整理しようとする点が特徴です。

3-2. EP3532838B1 ── データ処理から管理図までを含む運用設計

こちらは、解析結果を運用に結びつけることを重視した特許です。工程データをステップ(ブロック)ごとに扱い、ノイズ低減、トランジション解析、管理図の作成、通知やレポート作成までを含めて検討しています。現場で重要な「判断の再現性」と「説明可能性」を確保しやすい方向性です。

3-3. EP2776825A1 ── 装置側の工夫(脱気・検出)で信号品質を安定化

解析精度は入力データの品質に依存します。この特許は、脱気(バブルトラップ)や検出の配置など、装置側の工夫でグラジエントや信号の乱れを抑え、波形比較に使えるデータを安定して取得する考え方を含みます。ソフトウェア解析だけでなく、装置設計・運用条件が重要であることを示す例です。 

4. 応用分野・実用化

4-1. 本番前の確認(プレユースチェック)

本番の精製に入る前に、切り替え波形から指標を算出し、許容範囲から外れていないかを確認する運用が考えられます。異常が疑われる場合に、点検や再充填などを事前に実施できれば、製造リスクの低減につながります。 

4-2. ルーチン監視(指標の変化から早期検出)

BioProcess International の事例では、DTA(Direct Transition Analysis)モーメント解析により、指標の上昇・逸脱を手掛かりにカラム状態の変化を捉え、再充填などの判断につなげる考え方が示されています。

図1(指標推移の例)

出典:BioProcess International(PDF)
(https://eu-assets.contentstack.com/v3/assets/blt0a48a1f3edca9eb0/blt193d503652db2f64/658bfe5a3866ae040af2bbf8/21-3-Kim.pdf)

4-3. リアルタイム化(手作業の後処理を減らす)

トランジション解析は、従来は後処理(手作業や表計算での計算)になりやすい領域でしたが、リアルタイムにTAカーブを計算し、工程の遅延を減らす試みも紹介されています。SIMCA-onlineでTAカーブを算出して運用負荷を下げる事例は、その方向性を示しています。

図2(トランジション解析の運用例の図)

出典:BioProcess International
(https://www.bioprocessintl.com/chromatography/predictive-algorithm-modeling-for-early-assessments-in-downstream-processing-using-direct-transition-and-moment-analysis-to-assess-chromatography-column-integrity-at-production-scale)

5. 課題と展望

5-1. 現在の課題:条件設計と運用の一貫性

トランジション解析は、切り出すステップ、平滑化条件、データ取得頻度などの設定が結果に影響します。現場では、運用が複雑になりすぎないようにしつつ、再現性のある条件に固定して継続監視する設計が重要です。

5-2. 研究の最前線:標準化と省力化

リアルタイム解析や自動化の取り組みは、担当者の作業負担を減らすだけでなく、計算ミスや手順差によるばらつきを減らす方向にもつながります。

5-3. 未来の展望:指標監視が予防保全に組み込まれる

複数カラムの指標を同じ基準で比較し、傾向変化を監視して点検計画に反映する運用が進むと、カラム管理は「異常が出たら対応」から「傾向を見て計画的に対応」へ移行します。装置設計(データの安定取得)と解析(指標化・管理図)を組み合わせた全体設計が、今後の方向性になります。

あわせて読みたい

今回の記事は、工程内で得られる信号を指標に変換し、継続監視と判断(点検・条件見直し)につなげる整理でした。分野は異なりますが、同じく「測定→数値化→判断」を軸にした事例として、製造プロセスの自動制御と、スコアによるリスク評価の記事もあわせてご覧ください。

6. 結論

クロマトグラフィーカラムの内部状態の変化は、外観では把握しづらく、検出が遅れるほど製造リスクが大きくなります。そのため、工程内で取得できる切り替え波形を使って、状態を数値化し、継続監視するトランジション解析は、品質管理の実装手段として重要性が増しています。 

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参考文献

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※ 記事は公開されている特許情報および学術研究をもとに作成しています。図版は各出典元から引用しています。

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