1. はじめに
スマートフォン、パソコン、データセンター——私たちの生活を支えるあらゆるデジタル機器の心臓部には、半導体チップがあります。
長年、半導体業界では「1つの大きなチップにすべての機能を詰め込む」という設計思想が主流でした。しかし今、この常識が大きく変わろうとしています。
最先端の半導体製造プロセスは3nm(ナノメートル)という原子レベルの微細加工に到達しました。ところが、ここまで微細化が進むと、製造コストは天文学的な数字に達し、3nmプロセスの製造ラインを構築するには数兆円規模の投資が必要とされています。
こうした状況を打開する解決策として登場したのが「チップレット」です。システム全体を複数の小さな機能ブロックに分割し、高度なパッケージング技術で統合するアプローチです。
しかし、ここに大きな技術的課題がありました。
異なる機能を持つ複数のチップレットを「どうやってつなぐか」——この難題を解決する革新的な技術が次々と登場し、特許として出願されています。特に注目されているのが、UCIe(Universal Chiplet Interconnect Express)という業界標準規格です。
本記事では、こうした最先端のチップレット統合技術がどのように「つなぐ」という課題を乗り越えようとしているのか、最新の特許動向とともに解説していきます。
2. チップレット技術とは何か
2-1. ムーアの法則の限界
1965年、インテル創業者の一人であるゴードン・ムーアは、「集積回路上のトランジスタ数は約2年ごとに倍増する」という予測を発表しました。
この「ムーアの法則」は半世紀以上にわたり半導体産業の指針となり、驚異的な技術進化を支えてきました。しかし、プロセスノードが7nm、5nm、さらには3nmへと微細化が進むにつれ、物理的・経済的な壁が立ちはだかるようになりました。
コストの急激な上昇:
- 最先端プロセスの開発費用:数千億円規模
- 製造ライン構築費用:数兆円規模
- マスク(回路パターンを転写する型)コスト:数億円
歩留まりの課題:
大きなモノリシックチップでは、ウェハー上のどこか一箇所でも欠陥があれば、そのチップ全体が不良品になります。チップサイズが大きくなるほど、この確率は高くなります。
2-2. チップレットという解決策
こうした状況を打開する解決策として登場したのが「チップレット」です。
チップレットの基本原理:
- 機能の分離:システム全体を複数の小さな機能ブロックに分割
- CPUコア
- GPUコア
- メモリコントローラー
- I/Oインターフェース
- AIアクセラレーター
- プロセスの最適化:各チップレットを最適なプロセスで製造
- ロジック部分:最先端の3nm/5nmプロセス
- I/O部分:コスト効率の良い12nm/28nmプロセス
- 高度な統合:先進パッケージング技術で接続
- 2.5Dパッケージング
- 3D積層
- 高速インターコネクト
実際の成果:
業界の報告によれば、AMDはチップレット戦略により、従来設計と比較して約70%のコスト削減を達成したとされています。
2-3. チップレットアーキテクチャの実例
AMDのEPYCプロセッサ:
AMDのEPYCサーバープロセッサシリーズは、チップレット技術の先駆的な実装例です。
- CPUコアチップレット(CCD):最先端の7nmプロセスで製造
- I/Oダイ(IOD):成熟した12nmプロセスで製造
この方式により、AMDは製造コストを大幅に削減しながらも、最大96コアという高性能を実現しています。

3. 「つなぐ」ことの難しさ
3-1. 従来の接続技術の限界
複数のチップを接続する技術としては、従来からPCB(プリント基板)配線やマルチチップモジュール(MCM)が使われてきました。
PCB配線の問題点:
- 配線幅:数十〜数百マイクロメートル(太い)
- 接続密度:低い
- 信号伝送速度:遅い
- 消費電力:大きい
従来のMCMの限界:
- 基本的に2次元配置
- チップ間距離が長い
- 帯域幅が限定的
- 異種機能のチップレット統合には不適
3-2. チップレット接続に求められる要件
チップレット間の接続では、以下のような厳しい要件が求められます。
高速性:
- データ転送速度:数百GB/s〜数TB/s
- レイテンシ:ナノ秒単位
低消費電力:
- エネルギー効率:数pJ/bit(ピコジュール/ビット)
- 熱密度の管理
高密度接続:
- ピン数:数千〜数万
- ピッチ:数十マイクロメートル以下
互換性:
- 異なるメーカーのチップレット同士の接続
- 標準化されたインターフェース
3-3. UCIe規格の登場
これらの課題を解決するため、2022年3月、半導体業界の主要企業が集結し、UCIe(Universal Chiplet Interconnect Express)規格を発表しました。
UCIe参加企業(一部):
- Intel
- AMD
- Arm
- TSMC
- Samsung
- Qualcomm
- Meta
UCIeの特徴:
エネルギー効率:0.5 pJ/bit以下
オープンな標準インターフェース
異なるメーカーのチップレットを相互接続可能
3層構造
物理層(PHY):電気的な信号送受信
データリンク層:信頼性のあるデータ転送
プロトコル層:PCIe、CXLなど上位プロトコルのサポート
高性能
データ転送速度:最大32 Gbps/pin(将来的に64 Gbps以上)
4. 特許から見る3つの革新技術
これらの課題を解決するため、半導体メーカーは革新的な技術を開発し、特許として出願しています。ここでは、特に注目すべき3つの技術を紹介します。
4-1. 【SK Hynix】チップレットベースストレージアーキテクチャ
特許番号:US20240264911A1
発明の名称:Chiplet-based storage device and computing system including the same
なぜ画期的なのか?
従来のSSD(Solid State Drive)では、ストレージコントローラーとNANDフラッシュメモリチップが別々のパッケージで実装されていました。データセンターやエンタープライズ用途でのストレージ性能要求が高まる中、従来アーキテクチャでは帯域幅やレイテンシの面で限界が見え始めていました。
機能分離という発想
この特許の核心は、ストレージコントローラーをフロントエンド機能とバックエンド機能に分離し、それぞれを独立したチップレットとして実装する点にあります。
フロントエンドチップレット(FE Chiplet):
- ホストインターフェース(PCIe、NVMe)
- ホストコマンド処理
- アドレス変換テーブル管理(FTL)
- 製造プロセス:最先端の5nm/7nm
バックエンドチップレット(BE Chiplet):
- NANDフラッシュメモリインターフェース
- エラー訂正(ECC)
- ウェアレベリング
- ガベージコレクション
- 製造プロセス:成熟した28nm/40nm
技術的なメリット
高帯域幅の内部接続: チップレット間を2.5Dパッケージング技術またはUCIeで接続することで、数百GB/s級の内部帯域幅を確保。複数のNANDチャネルを並列制御する際のボトルネックを解消します。
製品ラインナップの柔軟性:
- エントリーレベルSSD:1つのBEチップレット
- ハイエンドSSD:複数のBEチップレット
- 同一のFEチップレットを再利用可能
コスト削減: 各チップレットを最適なプロセスで製造することで、全体的な製造コストを削減。
4-2. 【Intel】UCIeベースメモリインターコネクト技術
特許番号:US20240311330A1
発明の名称:Universal chiplet interconnect express (UCIe) to die-to-die interface (DFI) mapping
「メモリ帯域幅の壁」という課題
次世代サーバーやHPC(High Performance Computing)システムでは、プロセッサの演算性能が向上する一方で、メモリとのデータ転送が追いつかないという深刻な課題があります。
DFIとUCIeの橋渡し
この特許は、UCIe規格とメモリコントローラーの内部インターフェース(DFI:DDR PHY Interface)を効率的にマッピングする技術を開示しています。
DFI(DDR PHY Interface)とは: メモリコントローラー内部でロジック部分(デジタル制御)とPHY部分(物理的な信号送受信)の間を接続する標準化されたインターフェースです。
技術の仕組み:
- 信号のグループ化
- データ信号
- コマンド/アドレス信号
- 制御信号
- それぞれ異なるUCIeレーンに割り当て
- 高速レーンの活用
- UCIeの高速レーン(32 Gbps/pin)を活用
- 複数のDFI信号を時分割多重化または並列化
- 優先度制御
- メモリアクセスのクリティカルパスを分析
- 優先度の高いコマンド(READ/WRITE)を専用レーンで転送
- メモリアクセスレイテンシを最小化
臨床的な意義
従来、メモリコントローラーはCPUダイ内に統合されていました。しかし、チップレット時代には、メモリコントローラーを専用のチップレットとして分離することで、柔軟なメモリ構成が可能になります。
例:
- DDR5対応メモリチップレット
- HBM(High Bandwidth Memory)対応チップレット
- 用途に応じて最適なメモリ階層を構築

4-3. 【Intel】マルチプロトコル対応UCIe技術
特許番号:US20220327084A1
発明の名称:Universal Chiplet Interconnect Express (UCIe) protocol layer multiplexing
多様なプロトコルへの対応
チップレットアーキテクチャでは、CPUコア、GPUコア、AIアクセラレーター、ネットワークコントローラーなど、多様な機能を持つチップレットが混在します。これらのチップレット間で求められる通信プロトコルは一様ではありません。
主な通信プロトコル:
- PCIe:汎用的なI/O通信
- CXL:CPUとアクセラレーター間のキャッシュコヒーレント通信とメモリ共有
- ストリーミングプロトコル:リアルタイム性が求められるデータストリーム
仮想チャネルによる多重化
この特許が開示する技術の中核は、UCIeのプロトコル層で複数のトランザクションストリームを動的に多重化する方式です。
技術の仕組み:
- 仮想チャネルの構築
- 物理的なUCIeレーン上に複数の論理的な「仮想チャネル」を構築
- 各仮想チャネルは異なるプロトコルのトラフィックを独立して伝送
- 優先度制御
- 各プロトコルには異なるレイテンシ要件
- 高優先度トラフィック(例:CXL.cache)を優先的に転送
- QoS(Quality of Service)を保証
- 動的帯域幅調整
- ワークロードに応じて帯域幅を動的に調整
- AIアクセラレーターが大量のメモリアクセスを実行中:CXL.memチャネルに多くの帯域を割り当て
- その間、PCIeチャネルは最小限の帯域で動作
実用的なメリット
この技術により、単一の物理的なインターコネクトで、複数の異なる通信要求に柔軟に対応できます。これは、多様な機能を持つチップレットを統合する上で不可欠な技術です。

5. 実用化の現状と未来
5-1. データセンターとHPCへの応用
チップレット技術は、データセンターとHPC分野で急速に普及しています。
AMDのEPYC 7004シリーズ:
- 最大12個のCCDチップレットを組み合わせ
- 96コアという驚異的なコア数を実現
- 仮想化環境やクラウドコンピューティングで高密度のコンピューティングリソースを提供
IntelのSapphire Rapids/Granite Rapids:
- CPUコアタイル、I/Oタイル、メモリコントローラータイルを分離
- 製造歩留まりの向上とコスト削減を実現
5-2. AIアクセラレーターでの活用
AI/MLワークロードの急増に伴い、GPUやカスタムAIアクセラレーターにおいてもチップレット技術が活用されています。
NVIDIAのH100 GPU:
- TSMCのCoWoS-S技術を使用
- GPUダイとHBM3メモリを統合
- 3 TB/sを超えるメモリ帯域幅を実現
- 大規模言語モデル(LLM)のトレーニングと推論を高速化
AMDのMI300シリーズ:
- CPUチップレットとGPUチップレットを3D積層
- CPU-GPU間のデータ転送レイテンシを劇的に削減
- ヘテロジニアスコンピューティングの性能が大幅に向上
5-3. コンシューマー製品への展開
チップレット技術は、ハイエンド製品だけでなく、コンシューマー向け製品にも浸透しつつあります。
IntelのMeteor Lake:
- Compute Tile、Graphics Tile、SoC Tile、I/O Tileの4つのチップレット
- 各機能ブロックを最適なプロセス技術で製造
- 電力効率とコストのバランスを最適化
AppleのM2 Ultra:
- 2つのM2 Maxダイを高速インターコネクト「UltraFusion」で接続
- 単一のモノリシックチップでは実現困難な高性能を、比較的低コストで実現
5-4. 今後の展望
2025〜2027年:
- UCIe対応チップレット製品の本格的な市場投入
- データセンター向けサーバープロセッサ、ハイエンドGPU、AIアクセラレーターで標準化
中長期的な展望:
- チップレットマーケットプレイスの形成
- 様々なメーカーが開発したチップレットを、カタログから選んで組み合わせる時代
- スタートアップ企業が独自開発したAIアクセラレーターチップレットを、大手ファウンドリが製造し、システムインテグレーターが最終製品を作る
- フォトニクスインターコネクト
- 電気信号ではなく光信号を使ったチップレット間接続
- より高速かつ低消費電力な通信
- 新しいタイプのチップレット
- ニューロモーフィックチップレット(脳型AIチップ)
- 量子コンピューティングチップレット
- コンピューティングアーキテクチャそのものの変革
6. まとめ
異種半導体を「つなぐ」——この挑戦は、特許という形で着実に進化しています。
3つの革新技術:
- SK Hynixのチップレットベースストレージ:ストレージコントローラーの機能分離により、柔軟性とコスト効率を向上
- IntelのUCIe-DFIマッピング:メモリ帯域幅の壁を突破し、柔軟なメモリ構成を実現
- Intelのマルチプロトコル多重化:単一の物理インターコネクトで複数の異なる通信要求に対応
これらの技術は、単なる理論ではありません。既にデータセンター、AI、コンシューマー製品など、幅広い分野で実用化が進んでいます。
チップレット技術は、半導体設計思想のパラダイムシフトです。
モノリシックな「大きな一体型チップ」から、モジュール化された「組み合わせ型システム」へ——この変化は、コンピュータ業界がメインフレームからパーソナルコンピュータへ移行した際の変革に匹敵するインパクトを持つかもしれません。
参考文献
テーマに近い関連する特許文献
- US20240264911A1 – “Chiplet-based storage device and computing system including the same”
https://patents.google.com/patent/US20240264911A1 - US20240311330A1 – “Universal chiplet interconnect express (UCIe) to die-to-die interface (DFI) mapping”
https://patents.google.com/patent/US20240311330A1 - US20220327084A1 – “Universal Chiplet Interconnect Express (UCIe) protocol layer multiplexing”
https://patents.google.com/patent/US20220327084A1
記事を作成するにあたり参考にした文献
- UCIe Consortium. “Universal Chiplet Interconnect Express (UCIe) Specification.” (2024)
https://www.uciexpress.org/ - TSMC. “3DFabric: Advanced Packaging Technology.” (2024)
https://3dfabric.tsmc.com/ - Intel Corporation. “Intel Accelerated: Enabling a New Era of Innovation Through Advanced Packaging.” Intel Technology Blog (2023)
https://www.intel.com/content/www/us/en/newsroom/news/advanced-packaging-innovation.html - AMD. “AMD EPYC 7004 Series Processors: Chiplet Architecture Enables Leadership Performance.” AMD White Paper (2022)
https://www.amd.com/en/products/processors/server/epyc.html - IEEE Spectrum. “Chiplets Are the Future of Chip Design.” (2023)
https://spectrum.ieee.org/chiplet
※ 記事は公開されている特許情報および学術研究をもとに作成しています。図版の出典は各図のキャプションに記載しています。


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